感情のマーケティング「エモーショナル・マーケティング」 | ミッシェル・グリーン

感情のマーケティング「エモーショナル・マーケティング」

カテゴリー:マーケティング
2015年9月25日

エモーショナル・マーケティング(Emotional Marketing)は直訳すると、感情マーケティングです。需要ではなく感情に訴えかける手法で、エモーショナル・ブランディングとも呼ばれます。

 

常に広告と共にあったエモーショナル・マーケティング

エモーショナル・マーケティングについて説明すると…

「静かな雰囲気のバー、一人でバーボンを飲む渡辺謙、ぐいっと煽ってテロップ”男ならバーボン”」

これがエモーショナル・マーケティングです。このバーボンはどんな味でどんな特徴があるのか、他のバーボンと比べて何が優れているのか、というかなぜ男ならバーボンなのか、そういった論理的な部分を無視し、「ああいうかっこいい男になりたい」という感情に訴えかける手法です。

コダックのカメラがノスタルジックなイメージを結びつける広告をし、ジムビームはウィスキーにハードボイルドなイメージを結びつけ、マクドナルドはラヴを各所に散りばめる…。

とは言うものの、これが別に悪いことかと言われるとそうではありません。人間は感情の生き物です、商品やサービスに機能性だけを求めてはいません。あのアイドルが使っているというだけで同じ服でも違った気持ちで着ることができます。これも一種の「価値」と言えるでしょう。

広告の歴史はエモーショナル・マーケティングと共にあったと言っても過言ではないでしょう。エモーショナル・マーケティングの芽生えは、19世紀ロンドンの石鹸会社「Pears soap」の行ったマーケティングです。19世紀初頭、ナポレオンの時代に創業した石鹸会社は、19世紀後半に行った革新的手法により広告の父とも呼ばれます。

まだ日本が幕末から明治にかけて激動の最中にあった頃、イギリスで不思議の国のアリスやシャーロック・ホームズが発表された頃、アメリカでは西部開拓時代が終わろうとしていた頃のことです。

Pears soapは高名な芸術家の作品と著作権を買い取り、そのコピーに自社の名前を加えて広告としたのです。中でも当時イギリスで高い評価を受けていた画家ミレイの「バブル」というシャボン玉で遊ぶ少年の絵を広告塔にしたことは、大きな成果を生みましたが、同時に芸術と広告との関係について大論争につながりました。

教科書に書かれている時代の頃にはすでに、エモーショナル・マーケティングは公正なマーケティングと言えるのか?という論争を引き起こしてきました。

 

エモーショナル・マーケティングの源、8つの感情ニーズ

エモーショナル・マーケティングは商品・サービスそのものの魅力を伝えるものではありません。商品・サービスに対する需要(ニーズ)が存在していないのに、なぜか商品・サービスが欲しくなる。ヴァンス・パッカードは、この欲求は人間の無意識に潜む8つの感情ニーズが関係していると言っています。

 

1、情緒安定

不快なことや恐怖から解放され、変わらない幸福や安全に対する心理です。平穏を求める欲求へとつながります。

2、価値に対する安心感

自分や自分の持っているものの価値が変わらないことを求める心理です。他の人間から価値を保証されることへの欲求へとつながります。

3、自我を認められることへの満足感

自分を認めてもらうことを求める心理です。他人から賞賛されることへの欲求につながります。子供はこの欲求が強いものですが、大人であっても他人から褒められることは嬉しいものです。

4、創造への興味心

自分で何かを作り上げることを求める心理です。積み木やレゴブロックで遊ぶ面白さはこの心理によるものです。
自由に創造することへの欲求ですが、同時に創造性の高いものに対する憧れにもつながります。

5、愛

人は愛したい、愛されたい生き物です。人形、テディベア、ペット…日本語ではこの概念がはっきりとあらわれており、大切にしている物のことを「愛用している」と表現します。
親と子供の愛や、物を大切にするという概念など、愛に関わるものを無意識的に求める欲求へとつながります。

6、権力意識

他人より上に立ちたいという心理です。他人に使われるより使いたいという思いや、他人より優れた物を所有したいという心理です。またそうした権力を失いたくないという意識も働きます。
信頼性が高く頑丈な道具や歴史ある銀行の預金口座など、自分の持っている立場や力が安全であればあるほど満たされていると感じます。

7、帰属意識

自分が属している集団への愛着心です。同窓会への親愛や愛社精神、愛国心など、集団との縁を大事にしたいという欲求につながります。伝統的なものへの憧れも、この心理から生まれていると言われます。

8、不死への憧れ

おそらく、私たち誰もが感じる最大の恐怖は「死」です。今のところ死から逃れられる方法は無く、不死を信じる人はほとんどいないでしょう。そのため人は、自分の子供を持ち未来へつなげようとします、本を書いたり起業したり名声によって自分の死後も名前が残ることを求めます。

「不死への憧れ」とは「死への嫌悪」とも言えます。若く見えようとしたり、自分が老いたことマイナスの感情を感じたりします。

 

需要(ニーズ)がないのに欲求(ウォンツ)を作る

人は何か足りないという需要(ニーズ)があるから、何かを満たしたいという欲求(ウォンツ)が生じます。普通なら需要とはは商品やサービスに対するものです。身体が痛いという需要から、身体を改善したいという欲求が生まれ治療院へ、美容目的であれば、自分は太っている、スタイルが崩れているというという需要から、改善したいという欲求が生まれ治療院へと来院します。

エモーショナル・マーケティングは、需要が無いのにもかかわらず欲求を作ることに非常に向いています。エモーショナル・マーケティングの究極の到達点はただの無価値な石ころを誰もが欲しがるような状態です。石ころに使い道(需要)がなくてもいいのです、欲求さえあればいいのですから。

広告には、多かれ少なかれ欲求を作り出すことを目的とします。需要(ニーズ)は読むもの、欲求(ウォンツ)は創造するもの、需要の無いところに欲求を作り出すのがマーケティングだと言う方もいらっしゃいます。

 

エモーショナル・マーケティングへの批判

もちろん、石ころは極端な例ですが、このような方向性の広告は少なからず存在します。広告倫理の議論では嘘の広告への批判と同じ様に、商品の価値以外の感情を刺激する広告に対して批判をしています。

人間の心は揺れ動くものです。どんなに頭のキレるエリートでも、感情によって冷静な判断ができなくなることがあります。ビジネスの場でもそうなのですから、気が抜けているプライベートな場で行われたエモーショナル・マーケティングは時にその人が全く必要としていない、普通なら見向きもしないようなモノを購入させることにつながります。良くも悪くも、エモーショナル・マーケティングにはそれだけのパワーがあります。

 

言葉に心を込める

エモーショナル・マーケティングが批判されるのは、商品・サービスに吊り合わない広告であることや、購入者のためにならない需要を引き起こす側面があることです。

確かにエモーショナル・マーケティングは効果的です。感情を理解すれば広告の集客力は上がります。ですが感情を利用するだけのマーケティングでは、自分だけが得をするような形になることがあり、そのようなマーケティングでは顧客の満足が得られず、やがては誰も利用しなくなります。

 

それを避けるためには、二つのポイントがあります。

一つは商品・サービス、治療院であれば施術の技術を高め、先生自身が自信を持って患者さまに勧められることです。存在しない需要を狙うのではなく、患者さまが気がついていない潜在的需要(将来健康や美容の障害、症状などを引き起こすリスクなど)を満たすものであるべきです。

そしてもう一つが、エモーショナル・マーケティングであっても、言葉に患者さまが喜ぶにはどうすればいいかという心を広告やホームページなどの文章に込めることです。相手のことを思って行った広告であれば、お互い笑顔になれる結果になるでしょう。

この二つのポイントを忘れなければ、相手の感情を利用するだけのマーケティングではない、正しいエモーショナル・マーケティングを行うことができるでしょう。


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